漆の塗膜が堅牢な理由

漆は強い

万能の塗料と呼ばれる漆。

 

漆塗り独特のふっくらとした肉もち感や、しっとりと深みのある艶には、他の塗料では再現しきれない美しさがあります。

 

鏡のように磨き抜かれた塗面を見て、漆器は繊細で扱いにくいものと思われる方もいるかもしれません。けれど漆はひとたび固まると、非常に堅牢な塗膜を形成します。

 

酸・アルカリ・塩分等に侵食されない強靭性や、塗られてから千年以上もの時を耐える耐久性。塗装のみならず、接着剤、防錆剤、防腐剤、耐熱材料など多方面に使用されています。漆は他に類を見ない優れた性質を持った塗料なのです。

 

天然塗料である漆の持つ特異な性質の謎は、未だすべて解明できていません。主成分となる脂質は漆独自の成分として「ウルシオール」と名付けられました。

漆の特性

漆液は、ウルシオールという脂質を主成分とした複合材料です。

 

漆独特の艶は、複合的な成分組成と粒子構造によって生まれます。肉もち感には、主成分であるウルシオールの凝集力や表面張力の大きさが関係しています。

 

ゴム質はラッカーゼ酵素の安定化と吸湿性に関わっていて、含窒素物は漆液内各分子の分散安定化に寄与しています。

 

各成分が相互に作用することで、漆液はゆっくりと固体の塗膜に変化していきます。

 

成分組成
ウルシオール66〜76%
ゴム質5〜7%
含窒素物3〜5%
18〜26%
ラッカーゼ酵素微量

漆の乾燥

洗濯物は、水が蒸発することで乾きます。しかし漆が乾くという現象は、漆液内の水分が蒸発することとはまったく異なります。

 

むしろ漆が「乾燥」するためには、水分が必要となります。漆の乾燥は、漆液に含まれるラッカーゼ酵素が引き起こす、化学反応によるものなのです。

 

ラッカーゼ酵素の作用で漆液が液体から固体へと変化し、塗膜を形成します。表面に手で触れても漆液が付着しない状態になるまでの過程を、漆の乾燥と言います。

漆の乾燥に適した環境

漆器を乾燥させる工程では、漆ブロと呼ばれる恒温恒湿を保った戸棚に入れます。漆ブロの中は、摂氏20〜25℃、湿度70〜80%の状態を維持します。

 

漆液内部のラッカーゼ酵素を活性化させ、酸素を取り込みやすくするために、梅雨の時季のような高温多湿な環境を維持します。

 

おおよそ一晩かかって、指で軽く触れてもべとつかない程度に塗膜表面が乾燥します。ここからさらに酸化反応が進み乾燥していく段階を、硬化と呼びます。

漆が固くなる仕組み

化学反応による塗膜の硬化

漆の重合はまず①酵素酸化重合があり、それがある程度進行したところで②自動酸化が進むという2段階を経て乾燥・硬化します。

 

たとえば、漆と同様に塗料として用いられる乾性油であるアマニ油は、空気中の酸素による自動酸化反応で容易に重合反応が進みます。

 

漆は自動酸化だけでは重合しないのです。なぜ2段階を経た乾燥・硬化が起こるのか、はっきりとした原因は解明されていません。

①酵素酸化重合

ラッカーゼ酵素の作用により、漆液の主成分であるウルシオールが重合反応を起こして空気中の酸素と結合し、大きな分子(高分子化合物)となります。

 

重合反応とは低分子(単量体、モノマー)が多数結合して高分子化合物(重合体、ポリマー)を合成する化学反応を言います。

 

空気中の酸素とくっつく(酸化する)重合反応なので、酸化重合反応です。

 

ウルシオールは空気中の酸素との結合を繰り返すことで、立体網目状構造を持った高分子化合物へと変化します。原子が線状構造に枝分かれができたような形で連結していき、酸化重合反応を繰り返すほどに塗膜は強固なものになります。

 

ラッカーゼ酵素は作用するといったん還元されますが、空気中の酸素と触れることで再び活性化し、ウルシオールの酸化重合反応を引き起こします。

 

化学反応のサイクルを繰り返し、ウルシオールの酵素酸化反応が進むと、自動酸化反応が起こりやすくなります。 

②自動酸化

ある程度酵素酸化反応が進むと、空気中の酸素により塗膜が硬化するようになります。これを自動酸化と呼びます。

 

自動酸化は時間の経過と共にゆっくりと進行します。漆塗膜は空気中の酸素と反応することで、年月を経るほどに硬度を増していきます。

まとめ 漆は生きた天然塗料

漆は生きた塗料です。自分の力でじっくりと時間をかけて乾燥・硬化するため、他に類をみない強靭で優美な、深みのある美しい塗膜を作ることができます。

 

植物性の天然素材でありながら、優れた性質を多く持った高分子化合物である漆は、持続可能な社会を目指す企業や科学者から注目されています。

 

漆に似せた塗料が開発され、安価な代替品が多く出回っている漆器類。漆の天然素材ゆえの扱いづらさを改善した新たな塗料には、もちろん優れた点もありますが、天然漆独自の艶や質感・耐久性にはまだまだ遠く及びません。

 

適材適所、場面によって代替塗料を活用しつつ、天然漆を使った高品質な漆器も、食卓に残していきたいものです。

参考文献

・宮腰哲雄『漆学 植生、文化から有機化学まで』明治大学出版会

 

・『高分子』56巻 8月号(2007年) 宮腰哲雄「漆と高分子」

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/56/8/56_8_608/_pdf/-char/ja

 

・ニシザキ工芸塗装部 木材塗装ライブラリー「カシューが漆と大きく違う点」

https://tosou.nishizaki.co.jp/lib/cashew-2.html

 

・受験メモ「合成高分子化合物をわかりやすくまとめてみた」

http://www.jukenmemo.com/chemistry/organic/synthetic-polymer/